PROFILE


中嶋竜一 Ryuichi Nakajima

青森県津軽地方で生まれ、子供の頃「ねぶた笛」と出会う。
祭文化で篠笛の奏法を習得。
雲や風を自在にあやつると言われる幻の笛「エゾの故沙笛」を自ら復元し演奏している。
アイヌの女首長アシリ・レラ(新しい風)氏より「コンカニ・フミ(金色の音色)」の名前を授かる。
福島県西郷村在住。えみし学会会員

お問合せ:Ryu Sound Project 080-6007-7437 (中嶋)




中嶋竜一の血  文:Anthony K.

白髪まじりの口髭をたくわえ、少し薄くなった髪を長く伸ばして後ろで束ね、いい具合に着古した皮ジャンを纏った姿は、さしずめ「和製ジーン・ハックマン」。しかし、口から出る言葉は生粋の津軽弁。自らを「野の民」と呼んで屈託がない。
その衒いのない真っ直ぐな眼差しを向けられたら、仮面を被って生きている都会の人間などは、腹の底を覗かれまいかとたじろぐだろう。
ところがご当人は、「そこまでやるか?」と呆れるほど、分け隔てなく人に誠を尽くして、惜し気もない。
それは、今でこそ純粋な系統は絶たれてしまったものの、疑いようのない蝦夷(えみし)の血だ。
笛の音色を聴けば、一万年の時を隔てて連綿と受け継がれた、先住民の滾るような魂を感じ取らない人間はいないだろう。
中嶋竜一は魂で笛を吹く。いや、魂でしか吹かない。
だからこそ、理屈ぬきで人の心に染み透るように響くのだ。
彼がファーストアルバムを手懸けるにあたり、今から約1200年前、時の朝廷と蝦夷との間に起こった激戦の史実をモチーフに選んだのは、自らの出自を改めて深く己れの血と肉に刻みつけようという覚悟にほかならないだろう。
自分のルーツも定かでない根無し草の私などは、ただただ頭が下がる思いであり、羨ましくもある。
極めて泥臭い題材であるにも拘らず、そのサウンドが野暮ったさの微塵もなく、むしろ洗練されていて万人の鑑賞に堪えるのは、そうそうたる実力者たちがしっかりと脇を固めて彼の笛の世界を支えているからでもあろうが、そうした頼もしい仲間に恵まれているのも、彼の人柄所以だろう。これまた羨ましい限りだ。
中嶋竜一とその仲間たちが奏でる音色は、日本の「ネイティブ・サウンド」と称して何の異論もないはずだ。





現代に甦る伝説の「故沙笛」

 今世紀に入って間もなく、中嶋竜一は幻の「故沙(こさ)笛」を求めて
津軽波岡八幡宮、盛岡市博物館と渡り歩き、弘前大学に収蔵されていた資料から、ついにそのレシピを発見し、それをもとに自らレプリカを制作した。
 「胡茄(こき)」とも呼ばれるこの笛は、風や雲を自在に操るといわれ、その秘儀は、弘仁2年(811年)の、時の朝廷軍による「蝦夷征伐」に対抗した阿屋須(おやす)王国の武勇伝にも登場する。
 このCDのモチーフでもある蝦夷の戦いは、それに先立つこと約30年、陸奥の玄関口である現在の福島県が舞台で、時の朝廷軍が本格的な東北征伐に乗り出すきっかけともなったものだが、その勝利に勢いづいた朝廷軍は、
侵略と殺戮を繰り返しながら着々と北上し、当時「日の本」と呼ばれていた青森周辺にまでついに到達する。
 女王・阿屋須の庇護のもと、「耕田の峰(こうだのみね)」(現在の八甲田山)の麓で、つましく平和に暮らしていた王国の民は、雲谷(もや)峠に築いた砦を盾に朝廷軍を待ち受けた。その王国軍を率いたのは、女王の弟で勇猛果敢な名将として名高い頓慶(とんけい)だった。頓慶は秘儀の持ち主で、胡茄の笛を吹くと、あたりに濃い霧が立ち込め、
文字通り朝廷軍を煙にまいたと伝えられている。しかし頓慶の秘儀も虚しく、王国軍は朝廷軍の陽動作戦にかかり、
あえなく敗退してしまう。
 中嶋の吹く故沙笛の音色は、そうした絶え間ない惨劇の歴史を背負ってか、勇壮にも哀切にも響く。このアルバムに収められている音色も、たった一節だが、やたらに吹くと本当に雲が動き出してしまうという。


中嶋の復元した故沙笛
全長約42cm 復元協力:間瀬博之




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